社章の由来 「分銅マーク」と「代々初代」

信頼の「分銅マーク」

社章

明暦3年(1667年)宇和島藩より伊予吉田藩分封時、両替商をしていた佐川家は、伊予吉田藩の掛屋職(現在の日本銀行・国税庁に類するもの)を命じられました。

こうした佐川家の歴史から、当社の社章には、江戸時代に両替商の看板や藩礼などにお金を表す図案として使われていた「分銅」をモチーフとして使用しています。

また、この「分銅」は、現在では銀行を示す地図記号としても採用されており、信頼関係を象徴するマークであると考えています。

当社はこの社章を掲げ、お客様との信頼関係を第一とする当社の意志を、社内外へ表明しています。

常に自己革新する「代々初代」

近年の日本史において、大きな変革が三つあったといわれています。一つ目は明治維新、二つ目は第二次世界大戦の終戦、そして三つ目 はIT革命です。

明治維新(1868年)により吉田藩は解体され、これにより家中、町人を問わず、すべての人たちが途方に暮れました。特に、藩の庇護と最大の顧客を失った陣屋町商人の受けた打撃は大きく、その中でも半官半商の特殊な商人として営業してきた佐川家こそ、最大の影響を受けたと思われます。しかし、当時豪商と呼ばれた数ある旧家が軒並み衰退した中にあって、大難をまぬかれ得たのもまた、掛屋としての矜持(きょうじ)、自らを持する堅実な家風あってのことです。

新時代を迎えて再起を期する苦悩は大変なことだったと想像できます。そんななか佐川家が現在まで続いたのは、当時の祖先が新しい職業として「金物商」を創業をしたことにあります。この変革の時を切り抜けた祖先の遺訓は「代々初代」という佐川家の家訓として、今もなお佐川家に息づいています。

後に佐川家は、第二次世界大戦終戦(1945年)後、「印刷業」として創業するに至ります。ここからは、「沿革」をお読みください。


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